産業化・都市化と核家族化、少子高齢化など、現代家族はわれわれがこれまで経験したことのない歴史的な変化の渦中に置かれている。家族は社会の基礎的単位といわれている。家族と外部社会とは密接な関わりのもとに、相互に影響しあいながら変化している。変化の激しい社会の中では家族も激しく変化しており、その逆も真である。
家族と全体社会との関係については、全体社会の変動が家族を変化させる側面と、家族の内的変動が全体社会を変化させる側面の2つの側面が指摘できる。これまでの研究を概観すると、産業化・都市化など全体社会の変動が、家族構造(家族の規模・形態・関係・役割・意識価値・規範など)を変化させるというような、家族を従属変数とする家族変動論が多い。ところが、最近の研究では、家族意識や価値・規範、家族の生活様式の変化など、家族の文化的領域の変化が出生率の低下や結婚平均年齢の上昇、個人のライフスタイルの変化などに影響し、またそれが国や地方自治体の福祉政策にも影響を及ぼすというような、家族を独立変数とする立場からの研究も行われている。
いずれにしても、家族の変動には家族を取り巻く外的環境と、家族の内部に生起する内的環境との2つの側面があることになるであろう。
森岡清美によると、家族変動論とは、家族の成立から消滅までの生活周期的変化ではなく、家族が時代の変化とともに歴史的に示す変化のことを意味している。家族の生活周期的変化が、家族の加齢現象(出生。成長・死亡)とその派生現象(結婚・離家)を動因とするのに対して、彼のいう家族の歴史的変化は、家族を外部に対して開かれた社会システムとみなし、外部システムとの相互作用の中で家族の変化を捉えようとする方法といえるであろう(森岡1993)。
森岡の提示した家族変動要因のうち、出生・成長・死亡などの人口動態的要因以外はすべて外生的な要因である。家族は福祉追求のため、その基礎となる物的・社会的諸資源を継続的に家族の外部システムとの交換によって確保する必要がある。このような交換関係および交換される諸資源(財・サービス)が家族成員を通じて家庭内に導入され、家族変動の要因となる。特に、家族変動を引き起こす主要な資源は、経済・政治・教育・保健など手段的な社会システムであるとしている。
この議論に依拠すると、家族の変動要因は、家族の外生的要因、 とりわけ、経済・政治・教育・保健システムなど、家族生活に不可欠の手段的領域と家族成員との相互作用を通じて促進されることになる。このような手段的領域のうち、 これまで多くの研究者が強い関心を示したテーマが、経済システムと家族変動との関連といえるであろう。
このような観点から、以下では家族変動の外生的要因としての経済学史的立場からみた家族変動について概観することにしたい。
経済学史的立場からみた家族の変動
経済学史的立場からみた家族変動の研究は、19世紀に開始された社会進化論的立場からの研究が先鞭をつけている。モルガン(LH.Morgm)は、未開社会を歴史上の「野蛮」と考え、生活手段や技術の発明、生活資材の拡大などを基軸としながら、人類は「野蛮(savagery)」から「未開(barbarism)」へ、「未開」から「文明(civ五zation)」へと進化したと定式化している。また、これに対応して、家族・婚姻形態も「野蛮(狩猟採集)」時代の群婚(乱婚)から、「未開(牧畜・農耕)」時代の対偶婚(妻方兄弟たちと夫方姉妹たちの婚姻関係からの排除)へ、 さらに、「文明(工業・芸術)」時代の家父長制単婚家族へと変化したと論じた(Morgan 1877-1960)。
20世紀に移行すると、現地調査に基づく議論が展開されるようになり、進化論的立場からの未開社会の研究に対する批判が強まった。マリノフスキーは、ニューギニア東北部、トロブリアンド諸島における母系制部族社会の調査を通じて、生物学的父親を知らない現地家族が、父子の愛情と保護の役割など、社会学的父親を必要とする制度的に確立された婚姻形態をもつことを明らかにし、モルガンの進化仮説を否定した(M」inowski 1929-1957)。
また、マードックは、通時代的、通文化的家族の形態は核家族であることを主張するとともに、核家族は狩猟経済と産業社会に、拡大家族は農業社会に結びつくことを明らかにしている。彼は技術の変化→経済システムの変化→家族の変動という定式を導き出しており、家族の変動要因には、経済システムに先行して技術の変化が必要であると指摘した(Murdock 1949-1978)。
さらに、ダードは、産業化と夫婦家族の出現との関係を探るため、世界中のさまざまな家族の比較研究を行った。彼は夫婦家族が出現するには、産業化という技術的・経済的な変数が、理念的変数としての夫婦家族制イデオロギーと結びつく必要があったと指摘している(Goode 1964-1967)。
マードックやグードの研究から、産業化と家族の変動との間には、技術の変化→経済システムの変化→家族意識の変化→家族の変動というような関連図が描けることになるであろう。また、家族と社会の変動については、物的・経済的変化が直接的に家族を変化させるのではなく、家族イデオロギーの変化という媒介変数の介在が必要だという知見を得ることができるのである。
人口学的立場からみた家族の変動
経済学史的立場からみた家族の変動とは別に、人口学的立場からみた家族の変動論がある。人口学的立場からみた家族の変動は、家族類型(家族構成・規模・形態)の変化として把握されることが多い。光吉利之によると、戦後の「家」制度の廃止と夫婦家族制への移行は、一方では新たな理念として掲げられた夫婦家族の理念型(類型)を何に求めるかという議論と、他方では、これと対置できるような伝統家族の理念型(類型)は何かという議論を中心に展開された(光吉1986)。
このモデルとされたのが、戸田貞三の「家長的家族」対「近代的家族」の類型であるが(戸田1937)、戦後においては、小山隆、福武直等による「伝統(的)家族」対「近代(的)家族」の類型、森岡清美の「直系制家族から夫婦制家族へ」というような類型論が提起されているという。
日本の国勢調査の世帯類型には、このような2つの家族類型論が組み込まれている。すなわち、一方では「近代家族」に該当する「夫婦のみ」「夫婦と子ども」「片親と子ども」を含む核家族世帯の類型と、他方では「伝統家族」に該当する、3世代同居や世帯の中に子ども以外の親族を含む「その他の親族世帯」の類型である。
こうした家族類型論を念頭に置きながら、戦後の家族類型世帯数の変化をみると、日本の普通世帯総数は、1955(昭和30)年の1、754万世帯から、2010(平成22)年の5、084万世帯へと戦後一貫して増加している。これに対して、同期間の1世帯あたりの平均世帯人員は、4.97人から2.45人へと一貫して減少しており、戦後50年間に世帯数は急増したが、世帯規模は小さくなり、核家族化と小家族化が同時進行したことがわかる。
図2-1によつて、日本における家族類型一般世帯構成割合の推移をみると、「夫婦のみ」の世帯割合は1960年から2010年にかけて上昇傾向、「夫婦と子ども」の世帯割合は減少傾向をたどっている。また、これらの世帯に「ひとり親と子ども」の世帯を合わせた「核家族世帯」の割合は、同期間に53.0%から57.0%へとほぼ横ばい状態で推移しており、核家族世帯自体には大きな変化はみられないことがわかる。これに対して、伝統家族の類型に該当する「その他の親族世帯」をみると、過去50年間に一貫して減少傾向をたどっており、これとは逆に「単独世帯」の割合は急増している。この傾向は今後も続くとみられている。
以上の結果を総括すると、日本の家族類型は過去50年間に3世代同居を含む「伝統家族」の割合が目立って減少し、代わって「夫婦のみ」「夫婦と子ども」「ひとり親と家族」など核家族世帯と「単独」世帯の割合が急増したことがわかる。この特徴は、核家族化自体よりも夫婦世帯・単独世帯など小家族化が促進され、その延長線上で「家族の個人化」仮説が出現している現状と符合するものである。
