日本では、明治以降の近代化とともに近代的な結婚が規範化していった。先に近代化を果たした欧米では、現在、結婚規範は変化しているが、日本においては、かなり根強い。なぜ根強いのかを、 日本の近代化の過程を振り返りながらその要因を考え、現状の課題を明らかにしたい。
近代家族とは近代化に伴って出現した家族の典型のことを指す。日本で、近代家族が一般化したのは、高度経済成長期である。1955年から1975年に起きた家族の画一化現象を落合恵美子は「再生産平等主義」と名付けた。結婚すること、子どもをもつことが国民のほとんどに「平等」にいきわたったことを意味する。この期間、女性は24歳、男性は26歳でほとんどの人が結婚して、2人か3人の子どもを産んでいた。国立社会保障・人口問題研究所によると、1975年の生涯未婚率(50歳時点での未婚率)は、女性は4.3%、男性は2.1%しかなく、離婚率はわずかに1.07%。(1000人中1.07人)にとどまる。
この実態をもたらしたのは、一定の年齢になったら結婚しなければならないとする適齢期規範、結婚したら子どもを産まねばならないとする出産規範、結婚したら添い遂げなければならないとする結婚規範の拘束力の強さである。
高度経済成長の終了とともに結婚の実態は多様化しはじめた。布施晶子は、21世紀の結婚と家族の変化の方向として、法律婚(制度婚)と事実婚、嫡出子と婚外子、シングル、離婚そして再婚、非血縁者の共同生活など多様な生活スタイルを認める視点の確立が必要と指摘している(布施1993)。
実際に、2010年には、生涯未婚率は女性10.6%、男性20.1%まで上昇した。このように生涯において結婚を体験しない人の比率が上昇する現象を非婚化というが、非婚化は特に男性において進んでいる。晩婚化も進展し、平均初婚年齢は上昇して、女性は29.3歳、男性は30.9歳に達している。離婚率は、1990年代以降上昇傾向にあり、再婚率もまた上昇している(統計資料は第5章参照)。婚外子数は、戦後最低値を示した1980年の約1万2千人から2013年には約2万3千人と1.1万人増加している。
このように、非婚化や晩婚化は進行しているが、一方で結婚に関する法の変化は小さく、多様な結婚や生活スタイルを認める視点が確立しているとはいえない。たとえばいまも、法律婚(制度婚)が中心にあるため非血縁者の共同生活や夫婦別姓は、法的には保障されず、 これは1947年の民法改正からほとんど変わっていない。法のみならず規範意識の変化は実態の変化に対して遅く、そのため家族が直面する矛盾や問題が大きくなっている状況にある。
近代的な結婚をめぐる規範の成立
近代社会における結婚をめぐる規範意識の形成過程を近代家族の特徴と合わせてみてみよう。近代的な結婚に関する規範として、性規範と性別役割規範という2つの規範が重要である。
まず、性規範とは性関係についての規範であり、近代的な結婚における性規範とは、「恋愛・性行為・生殖は一体化しており、これらを媒介するのが結婚」という考え方である。すなわち、恋愛した男女が結婚し夫婦としての性行為が社会に承認されて、その承認のもとで子どもを産むべしという、結婚のもとでの生殖過程のみが正当化され、性関係が結婚に従属した性規範である。これは、近代社会に特徴的なものである。ショーターによると、中世ヨーロッパでは、「恋愛」は、婚姻関係外にある騎士と貴婦人との間でなされるものであつた(Shorter 1975=1987)。ところが、18世紀から19世紀にかけて西欧ブルジョア中産階級が台頭するにつれて、結婚に帰結する近代的恋愛が誕生した。このような恋愛観は、ロマンテイツク・ラブ・イデオロギーといわれ、近代家族が成立する要件のひとつとされている。山田昌弘は結婚という帰結を迎えてこそ正しい恋愛、 という近代の恋愛規範について、次のように説明している。恋愛は、特定の相手と心理的かつ身体的なコミュニケーションをとりたいという身体的興奮を伴った個人の感情現象であり、社会制度としての結婚とは異なる次元の現象である。しかし、「性交渉」に関係する点で結婚制度と共通する。性交渉は、恋愛において個人の快感を求める行為である一方、社会にとっては次世代の労働力を獲得する行為である。
近代社会では、「恋愛」と「結婚したい気持ち」の本来結べない2つをイコールで結んで、これをあるべき姿として規範化して結婚制度を支え、結婚制度は社会を安定させ社会を維持する機能をもつに至ったと説明している(山田1994)。
次に、性別役割規範について考えてみる。性別役割規範とは、「妻は私的領域で家事役割、夫は公的領域で稼得役割」という夫婦は性別で異なる役割を負わねばならないという考え方である。この規範は、産業構造の変化に伴って生じた。産業化以前の農漁業中心の社会では幼いうちから働きはじめるので、「子ども」でいられる時期は短く、その短い乳幼児期は母親以外に父親のみならず、周囲のさまざまな大人が子育てに関わっていた。しかし、工業中心の産業社会では、工場で機械のリズムに合わせて働ける男性の労働力が重視され、妊娠や出産で労働が中断される女性は労働者としては下位に置かれることになった。一方で、医学や心理学や教育学の発達に伴い、人間形成における乳幼児期の重要性が注目されはじめ、子育ては出産や授乳の機能をもつ女性が専念した方がよいとする考えが強調されてきた。近代化の初期は、母親が子育てに専念できる家庭は、賃労働に就かなくてもよい経済力のある中産階級中心に限られた。しかし、経済が発展してくると労働者階級の家庭でも可能となり、「母親であること」は女性にとって崇高な役割であるという規範が一般化していった。このように女性は自ら母親役割を選び取ったといえるのであるが、他方、産業社会も次代の優秀な労働力、つまり教育の行き届いた子どもを求めて母親役割を重要なものと位置づけ、女性を家庭に囲い込んだ。産業革命以降、男性は公的領域で有償労働を、女性は家内領域で無償労働をと、性別による領域と役割との分化が進められたのである。
公的領域の活躍は経済力や政治力を得ることを意味する。そのため、近代社会では、社会の重要事項を決定する場は主に男性で占められ、法制度や教育制度などは男性中心の考え方で作られていった。伝統社会における男性の既得権を近代社会でも継続させ、男性は女性よりも社会的に優位な立場を維持した。近代資本主義社会がその発展のために必要とした新たな「家父長制的家族制度」によつて、結婚は女性にとつて夫という圧力が強化される制度となった。近代化とともに、性別役割規範は法や教育に組み込まれ、個々人の中で内在化されたのである。
