さて夫婦の個人化はどの程度進行しているであろうか。磯田朋子らが行った調査によると、現代の夫婦は、①「夫婦であっても私は私でいたい」という個別化志向性は進行度が一様ではないこと、②共同性志向は総じて高いこと、③個々の夫婦における統合化の努力がなされているとバラバラ化へとつながらないことが指摘されている(磯田2000)。
佐々木美智子は磯田と同じ質問項目を使って夫婦の共同性と個別化志向のパターン化を試みた。質問項目の中の「夫婦であっても私は私でありたい」という個別化軸と、「夫婦は一心同体でいたい」という同体化軸をクロスさせて検討すると、4つの夫婦関係についての意識類型が考えられる。個別化志向を肯定しかつ一心同体も肯定するI「自立共存」型、一心同体のみを志向するⅡ「一心同体」型、いずれも肯定しないⅢ「自由」型、個別化志向は肯定するが同体化志向は否定するⅣ「私は私」型の4タイプに分類できる。
| 「個別化」肯定 | 「個別化」否定 | |
| 「一心同体」肯定 | 「自立共存」型 | 「一心同体」型 |
| 「一心同体」否定 | 「私は私」型 | 「自由」型 |
夫婦関係の4タイプの分布を1997年『青少年に関する親の意識と行動調査』でみてみると、小学生の親も、中学生の親も、高校生の親も、ほぼ同じ傾向がみられる。すなわち男性は約3分の2が「一心同体」型を志向しているが、女性は半分に過ぎない。他方、女性は「一心同体」型志向と「私は私」型志向がそれぞれ3分の1ずつに2極分化している。また女性の個別化パターンは、「私は私」と「一心同体」を共に志向する「自立共存」型よりも、「私」志向の強い「私は私」型を選択する比率が2倍以上も多い。この調査では、夫は「同体化」志向が強いが、妻は「個別化」願望が強く、夫婦の間にズレがあることが注目される(佐々木1997)。
2000年以降の国立社会保障。人口問題研究所「出生動向基本調査(夫婦調査)」によると、結婚・家族に関する妻の意識は「子どもはもつべき」「幼子の母は家にいるべき」が減少する一方で、「結婚しても自分だけの目標をもつべき」は増加して、妻の個人化意識の高まりを示している。これは妻の個別化願望の強さと同じ傾向である。これに対して妻の意識は90年代には伝統的な考え方から離れる方向に変化していたが、2000年代に入り「同棲するなら結婚」「離婚の抑止」「男は仕事、女は家庭」などの項目で伝統的な考え方への支持が増加している。一方で妻の個人化意識は進んでいるが、他方で伝統意識が増加するという矛盾した傾向が窺える。
夫婦関係の今後
ベック(U.Beck)は、近年の家族の伝統意識の増加傾向を「家族への回帰」であるとみるのはあまりにもぞんざいな捉え方だといい、現代家族では脱家族化と再家族化が同時に生ずるというパラドックスを指摘している。第1の近代において、パーソンズが機能主義モデルで記述したように家族は国民社会の再生産の鍵となる単位であった。ところが、第2の近代における現代家族は企業の社会保障機能さえも家族に移され、機能の過剰負担を引き受けるという要求に直面している。同時に、第2の近代は構造的な個人化過程が進展しており、女性の学歴上昇や就業率増加によって伝統的家族の中の家父長的ヒエラルヒーはぐらついている。そして家族の過剰負担と個人化との行き着く先は、リスクの源泉としての家族という(ベック2012)。
このように、2000年以降、妻の個人化意識の進行と伝統意識の増加を指摘することができるが、これは家族回帰というより、中間集団が消滅するリスク社会では、 リスクを最小化しようとしてケア負担を軽減しながら、安全・安心を家族に求めるほかないからではないだろうか。
家族変動という観点からみると、家族に属するということが人生にとって自明でも必然でもない社会が到来してきた(落合2000)。家族は自分1人の合理性や損得のみでは生きられないし、個人としてはかなり不自由な生活を強いられもするし、現代は個人化が進展している。それにもかかわらず個人が家族生活を選択するのは、グードによると、家族生活が他の集団に比べて、①情緒や権利義務関係の安定性、②身近にいることによる緊密な協力やコミュニケーション、③愛憎がアンビバレントでも持続する深い親密性、この根源的な関係から得られる深い自己や他者の理解力、④経済的効率や生活上の利便性等、家族体験を通してこれらの諸ニーズを充足する可能性が大きいからだという(Strong alld DeVault 1992:15)。
現代の日本の夫婦関係は、役割関係も情緒関係も勢力関係も相互性が乏しく、家庭内では意識面だけではなく経済面でも個人化過程が進んでいるが、家族生活を選択する人は家族体験を通じて共同性により満たされる安定性、緊密性、親密性、根源性、利便性などの諸ニーズの充足の可能性を求めている。しかし家族がリスクの源泉となり、家族体験を通して個人化と親密性などの諸ニーズが充足されないのであれば、現代家族は脱家族化と再家族化が同時進行しているので、 リスクとしての家族を回避するための個人化はさらに進むであろう。今後夫婦が個としての生き方を尊重しつつ、親密性を維持するためには、家族のリスクに対して相互が共同・統合努力を築ける関係かどうか常に問われ続けることになるだろう。
