「結婚」(marriage)の概念は、社会的また文化的に異なり、一義的に定義することは難しいが、『人類婚姻史』(The History of Human Marriage)を著したウェスターマーク(B.A.Westermarck)というフィンランドの人類学者は、結婚を以下のように定義した。
「結婚は、1つの社会制度である。社会制度としての結婚は、1人または数人の男子と1人または数人の女子からなり、慣習ないし法によって承認され、その結合の当事者やその結合から生まれた子どもについて、一定の権利・義務を含む関係である」(Westermarck1926)。
この定義から、結婚には以下の2つの要素が含まれることがわかる。すなわち、結婚は社会によって承認された男女間の関係であるということと、夫婦関係、また親子関係にある者には、一定の権利・義務が伴うということの2点である。これらが何を意味するのか、具体的に考えてみよう。
第1に、結婚が社会によって承認された男女間の関係であることについては、結婚が、社会的に承認された男女の特定の関係であり、それには性関係や性愛が含まれるということを指す(執行1983)。すなわち、性関係をもつことのできる相手は、結婚によつて、社会的に承認される。
第2に、夫婦関係、 また親子関係にある者には、一定の権利・義務が伴うことについては、 まず夫婦関係に伴う権利・義務は、社会的にも文化的にも、また時代によってもさまざまであるが、互いの生活を保障する扶助義務と、配偶者以外とは性関係をもたないという貞操の義務が代表的なものであろう(望月1996)。扶助義務については、民法上「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」(第752条)と定められている。貞操義務については、それを直接定めた条文はないが、不貞行為が離婚原因になる、とする民法第770条は貞操義務を間接的に規定している(内田2005)。
次に、親子関係に伴う権利・義務は、親は子どもの社会化に責任をもつということである。社会化とは、簡単にいうならば、個人が、他者との相互作用を通して、個人が生活する社会に適合するような価値や知識や行動などを習得する過程である。すなわち、社会化は人間形成の過程ということができる。子どもが、所属する社会に適切に参加できるように、親は子どもを教育し、一人前にしていく。親は子どもの社会化についての義務と権利をもつのである。
子どもの社会化は、「嫡出性」の付与に関わる。すなわち、人間の社会が、社会化を経た諸個人の行動様式によって成り立っていることをふまえると、「生まれてくる子どもの社会化に責任をもつ意思のない、またそれができないような男女の性関係や出産」は結婚により規制される(執
行1983)。結婚は特定の男女の結合を正当化し、正式の夫婦から生まれた子どもに嫡出の地位を与える。これによつて、子どもは社会化をはじめとする親子のさまざまな権利・義務関係を保障されるのである。
望月は、ウェスターマークが指摘した結婚の2つの要素は「結婚の中核的部分」であるが、 これだけでは「結婚による夫婦関係とその他の男女関係とを区別するには不十分」であるとし、結婚の要素に、結婚が「継続性の観念に支えられた関係であること」と「全人格的関係であること」の2点を付け加える(森岡・望月1997)。
結婚が、「継続性の観念に支えられた関係である」とは、結婚が、少なくともその当初においては、継続することを期待されているというものだ。結婚が継続性あるものとして期待されていることは、先に述べた子どもの社会化と関わる。すなわち、子どもの社会化の過程は、長い期間を必要とする。
他の動物と比べると、人間はまったく無力な状態で生まれてくる。人間の子どもが社会に適合するような人格を形成し、一人前になるまでには、長い養育期間が必要なのである。結婚の継続性は、子の養育に際し、安定した生活の場を確保するという点で必要である(森岡・望月1997)。
「全人格的関係」について、望月は、結婚による結合関係は、「全人格的であって、他の目的のための手段としてではなく、結合それ自体が重要な意味をもつ関係」と指摘する(森岡・望月1997)。すなわち、特定の人との結婚は、その人でなければならないし、その人との結びつき自体が価値あるものなのである。
このように考えると、結婚とは、少なくともこれら4つの条件が満たされる男女の結合関係と捉えることができる。ここからは、結婚が、たんなる男女の性関係や性愛関係ではなく、社会的な承認を伴い一定の権利・義務関係をもって体系化された1つの社会制度であることを、改めて確認することができる(執行1983)。
社会制度としての結婚
結婚が1つの社会制度であることは、先述したウェスターマークの定義にも明言されている。社会制度としての結婚は、社会的承認を必要とする。社会的承認は、「結婚式(慣習による承認)と婚姻届(法による承認)」の2つの手続きからなる(森岡・望月1997)。このことは、ウェスターマークの定義「結婚は慣習ないし法によって承認される」からも明らかである。
日本では法律婚主義を採用しているため、婚姻届を提出し、それが受理されてはじめて法律上、正式に結婚したことになる。それゆえ、たとえ結婚式を挙げても、婚姻届を出さなければ法律的に夫婦と認められない。たしかに、結婚式は社会的承認の手続きの1つではあるが、日本では、婚姻届の受理がなければ、法律上結婚したことにならない。
結婚式と婚姻届という2つの社会的承認の手続きの完了状況によって、男女関係は以下の4つの場合に区別される。まず、法律上、正式な夫婦と認められる場合には2つある。結婚式を挙げ、婚姻届を提出した場合と、結婚式は挙げずに、婚姻届を提出した場合である。次に、法律上、正式な夫婦と認められない場合として2つある。結婚式は挙げたが、婚姻届が未提出の場合であり、これは「内縁」と呼ばれる。また、結婚式も挙げず、婚姻届も未提出の場合は「同棲」と呼ばれる(望月1996)。
