夫婦の勢力関係
夫婦の勢力関係

ハーブスト(P.G.Herbst)は夫婦間の勢力関係を、家庭生活上で必要な意志決定における発言力の相対的大きさによつて、夫優位型、妻優位型、自律型、一致型の4つの基本型に分類した。ブラッドとウルフ(D.M.Wolfe)はこの手法を踏襲してデトロイト地域調査(1954~ 55年)を行い、その結果を夫優位型・平等型(自律型・一致型)・妻優位型の3つに分けた。ここで、アメリカの夫婦の勢力構造が夫または妻の勢力に偏りのないという意味で平等型として、平等型の中の自律型が40%、一致型が31%ということを明らかにした(夫優位型は25%、妻優位型は4%)。

増田光吉は夫婦間の勢力関係について神戸調査(1963年)を行い、その結果をブラッドらが行ったデトロイト調査の結果と比較して、日本の夫婦の勢力関係は夫婦家族、直系家族ともに平等型の中でも自律型が7割を占めていたことを明らかにした(夫婦家族、直系家族の順に夫優位型は4%、3%、妻優位型は10%、5%、一致型は16%、23%だつた)。アメリカの一致型に比べて日本に多い自律型は意志決定を夫または妻が一方的に行い、協同性が低かった。増田は日本の都市家族に自律型が多いことは、伝統的な性別役割分業のルールがそのままスムーズに都市型家族に持ち込まれたため、夫婦間の摩擦も少ないかわりに、話し合いも少ない、しかもそれで十分満足しているためとみている(増田1987)。

近代家族と情緒関係

戦後夫婦の伴侶性をみてみよう。1950年代はまだ見合結婚が多く、ブラッドの1959年「東京の40歳以下の団地に住む夫婦」の調査では、家族外の社交や夫婦間のコミュニケーションなどの伴侶性は、同時期のシカゴの夫婦に比べて乏しかった(Blood 1967=1978)。

1965年頃から恋愛結婚が見合結婚を上回るようになったものの(比率の動向については第3章に掲載)、1988年の兵庫県家庭問題研究所の日英の比較研究によると、日本の夫婦のパートナーシップはイギリスの夫婦と比較してコミュニケーションも夫婦だけの外出頻度も低く、緊密性に乏しかった(湯沢1995)。日本の夫婦は、戦前から、ことさらな愛情表現は乏しく「空気のような存在」「あうんの呼吸」等に表現される関係が一般的で、昭和初期の雑誌『主婦之友・花嫁講座』では夫に仕える妻の作法が説かれ、夫婦の平等性や共同性はまったくなかった(湯沢2011)。森岡清美は、戦後の日本の夫婦家族制は直系家族制の伝統を背負った夫婦家族制で、夫婦単位の家族形成パターンをとるが必ずしも夫婦中心の家族結合ではなく、愛情の密度では寝方の研究(親子川の字型の同寝室)が実証した母子中心の夫婦家族制となっていると指摘している(森岡1993)。

愛情と役割の結合イデオロギー

パーソンズは、核家族の基本機能として子どもの社会化と並んで、大人のパーソナリテイの安定化を挙げている。そして、これら子育てと心地よい家庭を作り出す中心は妻という(Parsons and Bales 1956=1970)。

また落合は、近代家族の特徴として家族の集団性の強化や家族構成員相互の強い情緒的絆を挙げている(落合1994)。前近代社会では感情マネージは世帯を超えたネットワークの中でなされていたのが、近代社会は家族という家内領域に感情マネージを限定し、規範化したことにより、近代家族に不安定性が内包されてきた。山田昌弘は、近代家族の不安定性を緩和する最も重要な装置が家族の責任と感情を結合させる「イデオロギー」であるという。本来関係のない「役割」と「感情」をイデオロギーで結びつけ、役割を呆たすことが愛情の証とし、多くの人は夫が給料を持ち帰ることが愛情の証、妻が家事労働を引き受けることが愛情の証と思いこんだ(山田1994)。

このようななかで1980年代には「妻たちの思秋期」や「主婦のアルコール依存症」が問題となった。夫は仕事、妻は家事に励み、豊かな生活、夢のマイホームも手に入り、何の不足もない生活の中で、子どもが巣立った後の空の巣症候群や伴侶性の薄い夫婦関係に、妻たちは不満を抱いていった。ついで1990年代には定年後の夫の在宅がストレスとなり妻が体調を崩す「主人在宅症候群」や、夫の「帰宅拒否症」・「濡れ落ち葉」など夫婦関係を忌避する症状が多く報告されるようになった。

近代家族では母子の愛情と夫婦の強い情緒的関係があるはずである、あらねばならないという規範が強化されたが、 この家族モデルは社会史、フェミニズム、精神医学の各分野から激しい批判にさらされた。社会史の研究で、伝統的社会の情緒的結合は家族より長時間過ごす同性の仲問集団で保たれており、「家族は愛情の場」という命題は近代になってから生じたイデオロギーであることが明らかになった。フェミニストは家族における安らぎの提供者が常に妻・母であるという感情ワーク役割の不平等の問題、精神科医は愛情の場であるはずの家庭が空洞化し、子どもの虐待や非行、DVなど病理の臨床に直面し、個人にとつては家族が抑圧の装置となっている現実などを指摘した。このように、近代家族にひそむ愛情イデオロギーの問題性が顕在化してきた。