類型という概念、通文化的な一般性の高い概念である。特定の文化の下にある家族を研究しようとする場合、この類型という概念を用いて、特定の文化的内容を盛り込んだ「典型」を仮説することが有効である。
日本の伝統的な家族を研究する際には、直系家族制の一つの典型として、いわゆる「家」制度を置いて研究することが常道となっている。この場合の「家」制度は典型である。近代化とともに出現してきた近代の核家族は、類型的には、一般に夫婦家族として捉えられている。この意味で、近代家族は夫婦家族制といってよいが、近代家族も一様とはいえないだろう。欧米の近代家族と、アジア、あるいは日本の近代家族との間には相違点があるはずである。ショーター(E.Shorter)は、ロマンティック・ラブ、母性愛、家庭愛など3つの感情革命をキーワードとして近代家族の成立を説明したが(Shorter 1975-1987)、 これは、欧米の近代家族の典型を示したものとみてよいだろう。
日本の場合、戦後の高度経済成長期以降に、核家族としての近代家族が一般化したといわれている。しかし、そこでは、欧米の家族に較べて、パートナー・シップの形成が低く、夫婦関係よりも親子関係を重視する特徴がみられた。たとえば、夫の長期にわたる単身赴任などが、相対的に多くみられたことが、そのことを物語っている。
以上、家族に関する分類、類型、典型についておおまかな説明をしたが、それらはいずれも、家族の類別に関わるものである。学習、研究目的などに応じて、使い分けることが大切である。
家族の変容
前世期後半以降の家族の変化について、おおまかな概要を述べておきたい。1950年代以降の、人口の都市への集中、雇用労働者の増大を伴いながら進行した高度経済成長期に、日本では近代家族が一般化した。近代家族をイメージすると、会社勤務の家計を支える父親、家庭にあつて子どもを慈しみ育てる母親からなる家族がうかんでくる。いわゆる性別役割分業は近代家族がもたらしたものである。1965(昭和40)年には、「マイホーム主義」という言葉が登場している。それは、「ひたすら私生活を尊重し、私生活の快適化に狂奔し、片すみの幸福だけを追求しようとする」(布施1993)生活態度である。小単位化した家族が個別化したといえるだろう。
さらに、1970年代以降になると、「個人化する家族」(目黒、1987)といわれるような事態が生じてきた。社会の単位が、集団としての家族から最小単位の個人に移行してきたといわれている。このような事態が生じてきた主な要因には、①女性の経済的自立性の高まり、② シヨーターが「第2次性革命」(Shorter 1975-1987)と呼んだ性の解放などがある。①についていえば、高度経済成期以降の産業の発展過程で労働市場が広がり、女性の労働力化が必須のものとなった。その結果、女性の経済的自立の可能性が広がってきた。近代家族の性別役割分業の衰退である。②は① と連動しながら性の自由化をおしすすめることとなった。相互に自立した夫と妻が家族に求めるものは、主として、情緒的な安らぎということになろう。しかし、情緒は移ろいやすい。性の自由化傾向とあいまって、家族解体への不安定性が増大する。結果として離婚率が高まる。
離婚の増加だけではない。以上のような家族の変化に随伴しながら、家族に関わるさまざまな問題が生じてきた。初婚年齢の上昇、結婚しない男女の増加、少子化、人口の高齢化、子どもの虐待・養育放棄などを挙げることができよう。これらの諸問題については、次章以下で、データを挙げながら、より詳しく説明されるだろう。
このように、最近の変化に注目すると、将来、家族は消滅するのではないかとの問いが生じてくる。2010年の統計によると、全国世帯の33%が「単独世帯」である。超高齢化社会に達しているわが国では、高齢者の「単独世帯」が多い。単独世帯は、それ自体では家族といえない。しかし、子どもの家族が必要な場合に、高齢者の単独世帯に出入りして、その生活を物心両面にわたって援助している場合は少なくない。これはシステムとしての家族といえよう。
